2013年02月26日

アラブ世界(トルコ)のコーヒー文化

征服によるトルコ帝国の拡大とともに、16世紀後半から17世紀にかけて、嗜好飲料としてのコーヒーはアラブ世界に広がっていきます。
が、当時の生産技術ではコーヒー豆の生産量は限られていました。したがって、きわめて高価な奢侈品でした。
現在の価値にして、ディミタス・カップでも、少なくとも1杯数万円くらいの価格になったでしょう。

しかし、イスラム世界の富裕な商人や太守・領主たちは、自分の権力や権威を誇示するために、高価な宝石や貴金属、衣装を身にまとい、高価な食器で、これまた高価な料理や飲み物(コーヒーも含む)をこれみよがしに享受するのが、通常の生活スタイル、行動スタイルでした。
あるいは、客のもてなしに贅沢な飲み物としてコーヒーを振る舞うこともあったはずです。

すると、彼らの下の階層の人びとや成り上がり者たちもまた、有力者の生活スタイルを模倣して、身分的ないしは社会的地位の上昇をめざし、あるいは成功の果実を味わいたくなります。
というわけで、贅沢品=コーヒーはあっという間に普及していきます。
それというのも、当時、世界最高の科学技術や土木技術を誇っていたイスラム人たちは、ものすごく高度な農業技術・栽培技術を持っていたから、コーヒーの栽培をそれまでは難しかった地帯に広げたり、収量を増やす農耕・灌漑技術を開発したからです。<

こうして、遅くとも16、17世紀には、医薬用とか宗教的な用途から独立して、風味を楽しむ奢侈飲料としてコーヒーが富裕階層のあいだには広がっていったといえます。
たぶん、そのときには、コーヒーに砂糖を入れて甘くする飲み方はなかったはずです。というよりも、考えられなかったでしょう。
というのは、当時、砂糖は、重さあたりでは、金よりもずっと高価な貴重品、希少品だったからです。
これをコーヒーに入れると、1杯数千万円以上の値段がついたでしょう。
コーヒーに砂糖を入れた苦みを消し甘くする飲み方が、一般に普及するのは、それから少なくとも200年近く経てからのことです。

今私たちが「当たり前」に感じている、砂糖をふんだんに使って甘みを加えるという文化は、20世紀に特有の特殊な、そして、恐ろしく不健康な生活スタイルなのです。昔の人たちは、物がないがゆえに、もっと賢かったのです。

シナモンナツメグクローブ


posted by 田舎おやじ at 10:47| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーの歴史 | 更新情報をチェックする

2013年02月12日

アラビアやペルシアでの飲み方

インド洋の香料を加えた豊潤なコーヒー

さて、15世紀から16世紀にかけては、北アフリカ・エジプト、アラビア、ペルシアで強大な王朝や帝国が興亡を繰り返します。
エジプトのマムルーク王朝はオスマントルコ帝国に征服併合されました。ペルシア方面のティムール帝国がサファヴィ王朝によって滅ぼされました。
ことにトルコ帝国は、イタリアのすぐ対岸のバルカン半島、ギリシアや黒海方面から、エジプト・北アフリカ一帯を支配し、地中海を取り囲むような大きな版図になりました。
王朝の交代や帝国の拡大は、文化や技術の交流や拡散をともないます。

コーヒーもまたたくまに、変動し拡大するイスラム世界に広がっていきました。
イスラムの諸王朝は互いに交易を支援して、こうして、インド洋から黒海、地中海の東半分にまでおよぶ貿易ネットワークを形成することになりました。
インド洋には、古い歴史を誇る香料貿易がありました。南アジアやアフリカ東部、アラビア、ペルシアの人びとは料理や飲料に香料を加えて、当時のヨーロッパでは想像もできないような多様で豊かな食卓文化を生み出しました。

コーヒーの淹れ方、飲み方にも何種類もの豊潤な香料を加える方法が発達していきました。
もちろん、砂糖を加える飲み方もすでにありました。しかし、高価な砂糖よりも、苦みを緩和して甘みを感じさせる香味を加えてコーヒーを飲む方法が普及したようです。
シナモン(桂皮)やナツメグ、クローブ(丁子)など。

シナモンナツメグクローブ

健康上もその方がずっといいですね。
しかも、香料は、漢方薬の材料になるくらいですから、その日の体調に応じて調整することができます。
なかには、香料などを加えてカフェインの量や効果を小さくして、快適な睡眠を呼ぶようなコーヒーの飲み方(薬用飲料)さえ生み出されたといいます。
現代の日本でのように、焙煎コーヒー豆だけを挽いて淹れ、あとからクリーム、ミルクなどを加える飲み方は、アメリカやヨーロッパのマスプロダクション文化の影響で普及した飲み方とも言えます。
インド洋方面やアラビアと比べて、香料が格段に高価だという経済的環境のせいでもあります。

posted by 田舎おやじ at 14:45| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーの歴史 | 更新情報をチェックする

2013年02月06日

イスラム世界でのコーヒーの普及

前の記事で、スーフィの寺院でコーヒー豆を焙煎して飲料とする方法が開発されたらしいと述べました。
でも、北アフリカやアラビア、中東のそのほかのところでも、コーヒー豆を煎って煮出す方法は編み出されたようです。
というのも、イスラム教では飲酒が厳しく禁じられていたからです。
あの葡萄も、ワイン用の葡萄の栽培は禁じられていて、生食用つまり果物として食べる非常に美味な葡萄の育種や品種改良が進められくらいです。おかげで、その後、アレクサンドリアやマスカットなどのおいしい葡萄が生まれることになりましたが。

そういうわけで、アルコール飲料に代えて飲みながら心を安らげたり、食事のときに嗜んだり、パーティで楽しんだりするための飲み物が、人びとから切実に求められていました。

そんなニーズにとって、アロマをともなうコーヒーはうってつけの飲み物でした。開発されると、またたく間にアラビア世界全体に広がっていきました。15世紀頃のことだといわれています。
とはいえ、カフェイン濃度が高いと強い覚醒作用をもたらし、心臓の脈拍を変えたり、血圧を変えたりする薬効作用がありましたから、イスラム法学者のあいだには、民衆の飲用を戒めようとする人たちもいたようです。
けれども、警戒の本当の狙いは、居酒屋のように民衆が集まる場所でコーヒーを飲むと、統治者(太守や王侯、高位の法学者など)を批判する傾向が出そうだったからのようです。多数の人々が集まって政治談議して、統治者を批判するのが困るというわけです。
しかし、その頃の(ローマ教会の狭い神学的世界観に縛られたヨーロッパとは対照的に)イスラムは世界最先端の科学や文化を誇る、きわめて開けた社会でしたから、コーヒーはあっというまに民衆の生活に浸透してしまいました。

posted by 田舎おやじ at 13:26| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーの歴史 | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。