2013年03月19日

香料を加えて飲む

さて、ヨーロッパでは19世紀になるまでは、砂糖は大変に高価な調味料・甘味料でした。
コーヒー豆がヨーロッパの主だった都市に持ち込まれ、富裕階級や貴族の嗜好品になるのは17世紀前半です。
その頃には、コーヒー豆も非常に高価な奢侈品で、まして砂糖はさらにさらに高価な贅沢品で、重さあたりの取引価格は金と大差がなかったようです。
場合によっては、金の代わりに貨幣として取引に用いられていました。

シナモンナツメグクローブ

◆砂糖を使わずに風味を楽しむ◆

当然のことながら、その頃は、コーヒーの苦みもその芳香とともに風味を楽しむものだったのではないでしょうか。
それでも、大金持ちであれば、苦みを何とかしたいと金を注ぎ込んで、淹れ方や飲み方を検討したことでしょう。とりわけ、アラビアやインド洋、紅海方面の飲食をめぐる「豊かな香料文化」を参考にしたものと考えられます。
そんな飲み方を、ここで再現してみましょう。

ヒントはヨーロッパ、とりわけフランスの有力貴族層のあいだに伝わるとされる飲み方です。
しかし、私たち庶民は、彼らのように大金を注ぎ込むわけにはいきません。

◆香料はシナモン、ナツメグ、クローブなど◆

さて、用意するものは、焙煎して挽いたコーヒー豆、香料としては料理用(パウダーまたは顆粒)のシナモン、クローブ、ナツメグあたりでいいと思います。
要するに、コーヒーを淹れる(ドリップする)とき、またはドリップした直後に香料の風味を溶かし込むのがポイントです。受けボウルに入れておいてもいいです。
ただし、香料の風味は強く刺激的なので、「コーヒー豆の甘い芳香を消したくない」という人は、ドリップしたあとで、少しずつコーヒー液に混ぜて溶かし込んでください。
私の好みは、フィルターに挽いた豆を入れるときに香料を混ぜる方法です。苦味を消す甘い香りを好む人は、シナモンがいいでしょう。あるいは、シナモンとクローブ、ナツメグをどれも少しずつ混ぜる方法もあります。
ただし、日本で普通に出回っているコーヒーを飲みなれている人には、こうして入れたコーヒーは、たぶん「コーヒーではない」と評価されるでしょう。
これは、健康のための薬、あるいは薬用スパイスとしてコーヒーを楽しむ方法ともいえます。

◆さらに加えるもの◆

いずれにせよ、香料を入れることで、コーヒーの苦みはあまり感じなくなるので、砂糖は要りません。このことから、苦味は舌よりも、鼻+舌(つまり鼻腔・口腔全体)で感じていることがわかります。
それでも、嗅覚と味覚が敏感で、苦味が気になるという人は、カカオボール(カカオに砂糖を混ぜて、チョコレートボールにしたもの)を入れてみましょう。
アーモンドパウダーが手に入る人は、それを加えてもいいでしょう。
あるいは、甘みのあるコンデンスミルクやクリームを少し混ぜてもいいでしょう。
まあ、「普通のコーヒー」とは全然違う次元のコーヒーになります。

◆異次元のコーヒーをどうぞ◆

どういう味が気に入るか、いろいろと試してみてください。
それが、18、19世紀のヨーロッパの貴族の嗜みの風味です。たぶん。
私にはまったく縁がありませんが、何千万円もする豪華客船のクルージングの旅をしたとすると、そのカフェやレストランでヨーロッパ風またはアラビア風のカフェがあれば、こういうコーヒーを出してくれるかもしれません。
1杯数千円以上の価格で。

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2013年03月01日

17世紀の貴族の飲み方

コーヒーがヨーロッパに伝播・輸入されていく物語は、別の機会に書くつもりですが、そのときの飲み方の1つを推察してみましょう。

ごく稀には、16世紀の初めに北イタリア諸都市の富裕商人によるオリエント貿易をつうじて、アラビア方面からコーヒーが伝わったといいます。これが目立つようになるのは、16世紀末から17世紀にかけての頃です。
コーヒーはアラブ世界では、「カフウァ」とか「カフヴェ」と呼ばれていたそうです。
それがヨーロッパに伝わって、カフェとかカフィー、コーフィーと呼ばれるようになりました。

当時、地中海世界では、貿易競争や軍事的優位をめぐって、北イタリア諸都市のあいだの激しい覇権闘争が繰り広げられていました。
そのなかで、ヨーロッパでコーヒーを飲むことは、地中海世界や都市のなかで自分が圧倒的に成功した有力者・富裕者であることを誇示する行為でした。ヴェネツィアでは富裕商人階層は、都市国家の統治にかかわる貴族でもありました。
彼らにとっては、コーヒーの味がわかって飲んだというよりも、自分の権威を見せつける快感を味わう行為でした。

シナモンナツメグクローブ

そうだとしても、砂糖のような金よりも高価な甘味料を使うことは、考えられなかったでしょう。
そこで、アラビアや中東方面から伝わってきた飲み方を模倣し、工夫して改良した程度の飲み方を生み出しました。
それにしても、砂糖に比べれば安価だとはいえ、コーヒー豆やインド洋の香料(シナモン、クローブ、ナツメグなど)は、カップ1杯の代金が、現代の数万円、数十万円以上にも値する希少品・奢侈品には違いありません。
だからこそ、自分の権力と富の大きさを見せつける手段ともなったわけですが。
香料だけで苦味が消せない場合には、ヨーロッパ原産の蒸留酒(これも高い)や、そこからから抽出したエッセンスを加える工夫をしたようです。
そして、それが、19世紀まで、ヨーロッパの貴族や富裕階級の嗜好、嗜みとなっていきました。
今でも、ヨーロッパの特権階級は、自分の屋敷に雇っている専門家に、そういう香料コーヒーをつくらせて飲んでいるようです。

私たちにとっては鼻もちならない彼らから見ると、現代日本で普及している(ブラックとか砂糖などを加えた)コーヒーの飲み方は、「アメリカナイズされた下賤な卑しい大衆の飲み方」なのだそうです。
そういう評価もあって、また茶の原産地インド東部を支配したこともあって、ブリテンではカフェの代わりに紅茶が上流階級のあいだに普及していきました。

次回の記事では、そういう淹れ方、飲み方を再現してみましょう。

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2013年02月26日

アラブ世界(トルコ)のコーヒー文化

征服によるトルコ帝国の拡大とともに、16世紀後半から17世紀にかけて、嗜好飲料としてのコーヒーはアラブ世界に広がっていきます。
が、当時の生産技術ではコーヒー豆の生産量は限られていました。したがって、きわめて高価な奢侈品でした。
現在の価値にして、ディミタス・カップでも、少なくとも1杯数万円くらいの価格になったでしょう。

しかし、イスラム世界の富裕な商人や太守・領主たちは、自分の権力や権威を誇示するために、高価な宝石や貴金属、衣装を身にまとい、高価な食器で、これまた高価な料理や飲み物(コーヒーも含む)をこれみよがしに享受するのが、通常の生活スタイル、行動スタイルでした。
あるいは、客のもてなしに贅沢な飲み物としてコーヒーを振る舞うこともあったはずです。

すると、彼らの下の階層の人びとや成り上がり者たちもまた、有力者の生活スタイルを模倣して、身分的ないしは社会的地位の上昇をめざし、あるいは成功の果実を味わいたくなります。
というわけで、贅沢品=コーヒーはあっという間に普及していきます。
それというのも、当時、世界最高の科学技術や土木技術を誇っていたイスラム人たちは、ものすごく高度な農業技術・栽培技術を持っていたから、コーヒーの栽培をそれまでは難しかった地帯に広げたり、収量を増やす農耕・灌漑技術を開発したからです。<

こうして、遅くとも16、17世紀には、医薬用とか宗教的な用途から独立して、風味を楽しむ奢侈飲料としてコーヒーが富裕階層のあいだには広がっていったといえます。
たぶん、そのときには、コーヒーに砂糖を入れて甘くする飲み方はなかったはずです。というよりも、考えられなかったでしょう。
というのは、当時、砂糖は、重さあたりでは、金よりもずっと高価な貴重品、希少品だったからです。
これをコーヒーに入れると、1杯数千万円以上の値段がついたでしょう。
コーヒーに砂糖を入れた苦みを消し甘くする飲み方が、一般に普及するのは、それから少なくとも200年近く経てからのことです。

今私たちが「当たり前」に感じている、砂糖をふんだんに使って甘みを加えるという文化は、20世紀に特有の特殊な、そして、恐ろしく不健康な生活スタイルなのです。昔の人たちは、物がないがゆえに、もっと賢かったのです。

シナモンナツメグクローブ
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2013年02月12日

アラビアやペルシアでの飲み方

インド洋の香料を加えた豊潤なコーヒー

さて、15世紀から16世紀にかけては、北アフリカ・エジプト、アラビア、ペルシアで強大な王朝や帝国が興亡を繰り返します。
エジプトのマムルーク王朝はオスマントルコ帝国に征服併合されました。ペルシア方面のティムール帝国がサファヴィ王朝によって滅ぼされました。
ことにトルコ帝国は、イタリアのすぐ対岸のバルカン半島、ギリシアや黒海方面から、エジプト・北アフリカ一帯を支配し、地中海を取り囲むような大きな版図になりました。
王朝の交代や帝国の拡大は、文化や技術の交流や拡散をともないます。

コーヒーもまたたくまに、変動し拡大するイスラム世界に広がっていきました。
イスラムの諸王朝は互いに交易を支援して、こうして、インド洋から黒海、地中海の東半分にまでおよぶ貿易ネットワークを形成することになりました。
インド洋には、古い歴史を誇る香料貿易がありました。南アジアやアフリカ東部、アラビア、ペルシアの人びとは料理や飲料に香料を加えて、当時のヨーロッパでは想像もできないような多様で豊かな食卓文化を生み出しました。

コーヒーの淹れ方、飲み方にも何種類もの豊潤な香料を加える方法が発達していきました。
もちろん、砂糖を加える飲み方もすでにありました。しかし、高価な砂糖よりも、苦みを緩和して甘みを感じさせる香味を加えてコーヒーを飲む方法が普及したようです。
シナモン(桂皮)やナツメグ、クローブ(丁子)など。

シナモンナツメグクローブ

健康上もその方がずっといいですね。
しかも、香料は、漢方薬の材料になるくらいですから、その日の体調に応じて調整することができます。
なかには、香料などを加えてカフェインの量や効果を小さくして、快適な睡眠を呼ぶようなコーヒーの飲み方(薬用飲料)さえ生み出されたといいます。
現代の日本でのように、焙煎コーヒー豆だけを挽いて淹れ、あとからクリーム、ミルクなどを加える飲み方は、アメリカやヨーロッパのマスプロダクション文化の影響で普及した飲み方とも言えます。
インド洋方面やアラビアと比べて、香料が格段に高価だという経済的環境のせいでもあります。

posted by 田舎おやじ at 14:45| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーの歴史 | 更新情報をチェックする

2013年02月06日

イスラム世界でのコーヒーの普及

前の記事で、スーフィの寺院でコーヒー豆を焙煎して飲料とする方法が開発されたらしいと述べました。
でも、北アフリカやアラビア、中東のそのほかのところでも、コーヒー豆を煎って煮出す方法は編み出されたようです。
というのも、イスラム教では飲酒が厳しく禁じられていたからです。
あの葡萄も、ワイン用の葡萄の栽培は禁じられていて、生食用つまり果物として食べる非常に美味な葡萄の育種や品種改良が進められくらいです。おかげで、その後、アレクサンドリアやマスカットなどのおいしい葡萄が生まれることになりましたが。

そういうわけで、アルコール飲料に代えて飲みながら心を安らげたり、食事のときに嗜んだり、パーティで楽しんだりするための飲み物が、人びとから切実に求められていました。

そんなニーズにとって、アロマをともなうコーヒーはうってつけの飲み物でした。開発されると、またたく間にアラビア世界全体に広がっていきました。15世紀頃のことだといわれています。
とはいえ、カフェイン濃度が高いと強い覚醒作用をもたらし、心臓の脈拍を変えたり、血圧を変えたりする薬効作用がありましたから、イスラム法学者のあいだには、民衆の飲用を戒めようとする人たちもいたようです。
けれども、警戒の本当の狙いは、居酒屋のように民衆が集まる場所でコーヒーを飲むと、統治者(太守や王侯、高位の法学者など)を批判する傾向が出そうだったからのようです。多数の人々が集まって政治談議して、統治者を批判するのが困るというわけです。
しかし、その頃の(ローマ教会の狭い神学的世界観に縛られたヨーロッパとは対照的に)イスラムは世界最先端の科学や文化を誇る、きわめて開けた社会でしたから、コーヒーはあっというまに民衆の生活に浸透してしまいました。

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2013年01月30日

コーヒーの風味を保存するつくり方

風味を長続きさせる方法

前回書いたように、焙煎したコーヒー豆の風味成分は、だいたいが揮発性の有機化合物でした。 要するに芳香のもとというわけです。
ということは、温度の上昇や時間の経過とともに、コーヒーの液体から蒸発・気化してどんどん失われてしまうということになります。
いや、豆を挽いたときから、もっといえば、焙煎したときから、豊潤な芳香の有機化合物は揮発してどんどん減っていくことになります。とはいえ、熱水で淹れると、そういう有機化合物が水に滲出し溶け出るので、淹れたあとの減り方の方がずっと急速になるのですが。
とりわけ風味を落とすのは、淹れたのちの液体の温度による揮発と酸化です。

いずれにせよ、コーヒーの風味を楽しむためには、豆を焙煎して挽いてから煮出すまで、そして煮出してから、飲むまでの時間をできるかぎり短くする必要があるのです。煎る前の生豆だって、中身の成分が劣化・酸化・分解していくのです。
しかし、ある程度の量を毎日飲む人なら、生豆にしろ焙煎後の豆、挽いた後の豆にしろ、ある程度はまとめて買うことになります。
ある程度の分量を効率的にまとめてつくりたいと思う人もいるでしょう。

そこで、ずいぶん前(若い頃)に、アルバイトしていたコーヒー店のマスターのやり方を紹介します。
そのマスターは、早朝、焙煎後の豆を大量に挽きます。
そして、たぶん、長年の経験から割り出した「1日の店の販売量」の大半に相当する分をドリップして、濃縮コーヒー原液をつくるのです。小さい店でしたが、何十リットルにもなります。
それを2リットル以上も入る大きなガラス瓶につめて密封し、冷却してから冷蔵するのです。たぶん、10℃くらいでしょうか。家庭用の冷蔵庫でOKです。

で、必要に応じて、保存した原液を取り出して、湯で薄め、あるいは濃縮ミルクなどで割って撹拌して、来客に提供していました。ただし、保存して利用するのは、せいぜい1日半以内でしたが。

焙煎して挽いてからできるだけ短い時間のうちに淹れて、しかも温度の上昇や揮発を防ぐ方法で、なかなか気の利いた方法です。
もちろん、そのつど、必要量をこまめに淹れてすぐに飲むというのが、一番正しい方法なのですが。

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2013年01月28日

コーヒーの風味の要因

では、もう少し化学的な目でコーヒーの「うまさ」や風味の成分について調べてみましょう。
コーヒーの果実(豆)には、糖類(多糖質)や脂質、アミノ酸(タンパク質)、カフェインなどが含まれています。
このうち、カフェインは豆の重量のうちの1%にも満たないといいます。ですが、もしコーヒー豆カフェインがそっくり全部、人体に入ったら、健康にとって危険な分量になるそうです。
それで、コーヒー豆を焙煎すると、熱による化学変化が起きて、現在わかっているだけでも、1000種類くらいの化学物質が発生するとか。
カフェインもある程度は熱分解するようです(5~10%程度か)。

そのうち、コーヒーの芳香や風味をもたらすのは、焙煎で加熱分解されてできた低分子の糖質やアミノ酸、そのなかでも揮発性の有機化合物(炭水化合物)だといわれています。
風味の主な成分は、以下のとおり。
 ①糖蜜にような甘い香り
 ②コーヒー独特の匂い
 ③カラメルのような香気
 ④バニラ様の香り
 ⑤熱帯果物のような香り
 ⑥焙じたナッツの匂い
 ⑦煮しめた醤油のような匂い
コーヒーメイカーでドリップしたのちに加熱保温し続けると、いい匂いはあらかた飛んでしまって、⑦の煮しめた醤油のような異臭がしてくることがあります。

posted by 田舎おやじ at 14:55| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーのうまさ | 更新情報をチェックする

2013年01月27日

コーヒーのおいしさの原因

さて、コーヒーのうまさの原因はどこにあるのでしょうか?
この疑問を追いかける前に、コーヒーに限らず、「食品や飲料のうまさ」はどこからくるのだろうか、というもと基本的な問題を考えてみましょう。
いや、ここで化学的に「うまみ成分」を考究してみようというのではありません。
そもそも人間は、どういう感覚の仕組みをつうじて「うまみ」「おいしさ」「味」「風味」を感じ取るのかという問題です。

以前、私の知り合いのパティシエ(洋菓子シェフ)がこんなことを言いました。
食べ物、とくに洋菓子のおいしさの大半は、食べ物の匂い・香り、つまり嗅覚を使って味わうことから感じ取るものなのだ、というのです。
試しに鼻を強くつまんで食べると、うまみを感じられなくなるというのです。
舌で感じるだけの味覚は、きわめて部分的・一面的なもので、香味=香りにかんする情報を脳が受容することで、ようやく味わい・風味を感じ取ることができるのだというわけです。
「甘さ」には、甘さの感覚を誘導する匂い・香りを加えて増幅したときに、はじめて人間の脳は十全に「甘み(のうまさ)」を受け取ることができるのです。

香り、匂いを大切にしている飲み物、コーヒーやココア、リキュールなどについては、とくに舌の嗅覚に加えて嗅覚が風味の良さ、おいしさを左右する決定的ともいえる要因なのだということです。

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イスラム僧たちによる洗練

スーフィ教団・寺院でのコーヒー飲料の研究開発

はじめのうちはあれこれの個人や個別の運動というか密教的修行として発生したスーフィでしたが、やがて修行僧たちが互いに連携し合い教団組織を築いていきました。
こうして組織化され、いくつもの修道寺院を各地に建設するようになりました。
そうなると、教団=宗派としての原則、すなわち教義(聖典の解釈方法)とか戒律、教団の運営方法などをつくるとともに、文化や学術(数学や自然学、歴史など)の組織立った研究も進んでいきます。
そのなかには、薬学・医学・食餌法などと結びついて、コーヒーの摂取法(飲み方、薬としての処方)についての研究や創意工夫も飛躍的に進むことになります。
こうして、14、15世紀頃までに、コーヒーの果実を焙煎して砕き、煮出す方式で飲料として飲む方法もどんどん開発されていきました。

《フェアトレード》のコーヒーをお勧めします。
先進国の寡占流通企業によるコーヒーの原産地の生産者や農民への搾取をできるだけなくし、平等で公平な商取引をめざすのが、《フェアトレード》です。

インド洋世界貿易

さて、その頃、世界最先端の科学技術や力学、文化をもつようになったイスラム勢力は、支配する地的範囲を目覚ましく拡大していました。北アフリカ一帯から中東地域にはイスラム太守の王国や帝国が連なり、ティムールの帝国はメソポタミアかた中央アジア、北インドにまで版図や勢力圏を拡大していました。
インド亜大陸からインドシナ半島まで、有力な王国や公国がたくさん成立していました。
そういう王朝の支援や提携を受けて、インド一帯にゆるやかに結合した独特の世界貿易システムが形成されました。インド洋を中心にして、アフリカ大陸からインドネシア、東南アジアにまたがる貿易圏ができあがったのです。
洗練された織物(絹や綿)とか陶器、宝石、香辛料、香料、果物、米などと並んで、豊かな香りと独特の覚醒作用を持つコーヒーもまた、きわめて価値の高い、つまり利益があがる商品として取引されるようになっていきます。

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2013年01月24日

アラビアのコーヒー物語

《フェアトレード》のコーヒーをお勧めします。
先進国の寡占流通企業によるコーヒーの原産地の生産者や農民への搾取をできるだけなくし、平等で公平な商取引をめざすのが、《フェアトレード》です。

アラビア半島で

紀元3世紀から7世紀までペルシアやアルメニア、メソポタミアを支配したササーン王朝で、一時その統治下に置かれたアラビア半島。
6世紀頃のイエメンからオマーン、あるいは紅海沿岸あたりのことだと思われます。
ササーン朝のある文献によると、当時のアラビア人たちはカフェプラントの葉や果実を煎じて飲料としていたそうです。
それが、文献上の最古のコーヒーに関する記録・史料だとか。

イスラム修道僧とコーヒー

山羊飼い少年カルディがイスラム修道僧に相談したという伝説ができるくらいですから、早くからイスラムの宗教家がコーヒーの覚醒作用や薬用性に注目して利用したようです。
9世紀頃には、イスラム修道僧たちが夜の勤行とか集中力の持続や疲労回復のために、コーヒーの葉や果実を利用していたようです。
そのなかでも、有名なのが、神秘主義的(密教に近い)な瞑想や内面沈思を重んずるスーフィ派の修道僧たちです。
彼らは、ムハンマドの教えが、王朝や太守の官制宗教・教義になって硬直化し官僚主義化したことを批判して、過酷な山岳や砂漠の洞窟・寺院での修行にはげみました。
そのさい、コーヒーの果実の覚醒効果に注目したのです。場合によっては、果実から濃縮した飲料で自らを興奮状態にもっていったといいます。

posted by 田舎おやじ at 09:31| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーの歴史 | 更新情報をチェックする
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